ふと目が覚めた。 窓のほうに目をやれば、月が晧々と輝いていた。 満月だ。 その光は明るく、冷たく、穏やかにあたりを照らし出している。 タバコが吸いたくなって、三蔵はベッドから抜け出した。 隣で眠っている紅い髪の男を起こさぬよう、気をつけて。 なんとなく、外の空気が吸いたくて。 そのままふらりと表へ出た。 桜の樹に寄りかかり、紫煙を吐き出した。 月の白い光が、若葉を照らし出す。 昼間は柔らかく暖かな感じがするそれも、月光の下だと大分印象が違う。 妖艶で冷たくて…そして、少し不気味だ。 風が吹いて、枝を揺らした。 春の夜気は少し肌寒かったが、なぜか心地よくて… 短くなったタバコを足で揉み消したあとも、しばらく三蔵はボーっとしていた。 ふと目が行ったのは、何故だったか? 自分の寄りかかっていた桜の樹を、何の気なしに見上げた。 そこに映ったのは…満開の、桜。 はらはらと舞い落ちる白い花弁は、間違いなく本物で。 次から次へと、三蔵の肩や、髪に降り積もっていく。 月の光に照らし出された桜は、ほの蒼白くまるで…この世のものではないかのように。 ふわりと一陣の旋風に花弁が舞う。 一瞬視界が白く霞み…もう一度ゆっくりと目を開けば… 「お…師匠…様?」 にっこりと微笑を浮かべながら、佇んでいる人が視界に入った。 あの頃とまったく変わらない風貌。 「元気でしたか、江流?」 小首を傾げるようにして、三蔵へと問うてくる。 申し訳ないとはにかんだように微笑む彼の様子は時が戻ったような錯覚を憶えさせた。 「あぁ、今はもう玄奘三蔵でしたねぇ。」 「お師匠様…何故、ここに…?」 声が震えている。 みっともないと思いながらも、止めることができない。 「月のおかげ、ですかね。」 彼がふわりと上空を見上げる。 「あなたがね、心配だったんですよ。」 上空を見上げていた視線を三蔵へと戻し、少し困ったような顔で彼は言った。 「私の教えが、あなたを悩ませてしまったようだから…」 「それは…」 「でも、大丈夫のようですね。」 「…?」 「あなたは、あなたの『無一物』を見つけた。」 「はい…」 「…良かった。」 心底ほっとしたような顔で、彼は笑った。 「あぁ…そろそろ、戻らないとみたいですねぇ…」 そう言った彼の見るほうを見れば…ほの明るくなりかけた地平の果てが目に入った。 ふわりと髪に触れた一瞬の感触。 耳元に残った言葉。 「時には素直にならないとダメですよ?」 そう微笑んだ姿は、桜の花弁の中へと消えた。 「江流、お元気で…」 「…ィ、オイってば。」 ぺしぺしと頬を軽く叩かれる感覚で、正気に戻った。 「なんだよ、冷え切っちまってるじゃネェか。」 ふわりと抱き込まれる。 ハイライトの匂いに交じり合ったその男の匂い。 「…いつから其処にいた。」 胸から伝わってくる温もりが心地よい。 「そっちこそ、こんな冷え切るまでこんなところで何してたワケ?」 「……」 「あ。…桜?」 そう言った悟浄は三蔵の頭に手を伸ばし、白い一枚の花弁を摘み上げた。 「珍しいなぁ…こんな時期によ。」 きょろきょろとあたりを見回すが、当たり前のように桜の花なんぞ何処にも咲いていない。 さっきの出来事を、その一枚の花弁が裏付けるようで… 俺は軽く口の端を上げた。 「悟浄。」 赤い髪を一房手に取り、こちら側へと引っ張る。 「あ?」 くるりと振り返ったその男の唇に、三蔵はふわりと自分の唇を重ねた。 重ねられたときと同じように、ふわりと唇が離される。 鮮やかな微笑をその唇に刻み、三蔵は 「行くぞ。」 と踵を返した。 まったくワケのわからない悟浄は、その三蔵の行動に 「…一体どういうワケ?」 と呆気に取られたように佇んでいたが、すぐに我に戻り 「オイ、待てって!」 と三蔵のあとを追っていく。 朝の柔らかな光の中、桜の樹だけが柔らかな静寂の中に佇んでいた。 |
某掲示板で知り合ったじゅんこサマのサイトOPEN記念に…と 贈らせていただいた浄三SSです。 なぜ光明師匠が出てきたかは不明。(ヲイ) なんていったって、夏樹葉の脳みその中ですし。 三蔵サマから悟浄さんへのキスは…多分、お師匠様からの 「素直に〜」という台詞に基づいたモノかと思われます。 |
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