いつだって、一番欲しかったものは手に入らなかった。
いつだって、願いは叶わなかった。
望んだものは、たった一つだけだっていうのに。
願ったことは、たった一つだけだったっていうのに。

いつからか憶えた、自己防衛手段。
笑って…軽口を叩いて…茶化して…
自分の本心なんて、見せないで。

本当は、そんなもの欲さなければいいのかもしれないけど。
やっぱりそれは、無理なワケで。

ほらね?
そうすれば、ココロが疵付くことなんて、ないでしょう?


― 春夜夢 ―


季節は春といっても、夜風はさすがに冷たい。
悟浄は窓際のベッドに腰かけながら、ふわふわと頼りなく消えゆく紫煙を見つめていた。
甘い花の香りが、風に乗って室内へと入り込む。
別に何をするでもなく、タバコをふかし、外を眺める。
何を考えているわけでも、ない。
「何やってんだ。」
室内の気温が下がってきたせいだろうか。
不機嫌そうな声が発せられる。
誰の声かなんて、言わずもがな。
久しぶりの同室者の機嫌は、相変わらずナナメに下降気味らしい。
「…別に〜。」
月の光に照らされた小さな宿の中庭を見ながら、応える。
それでも、窓は開け放したまま。
花びらが風に舞う。
それは悟浄のいる窓にも運ばれてきた。
名も知らぬ、小さな紅い花弁。
小さな…小さな、紅い花。
赤い髪の一房が風に吹かれ、ふわりとなびいた。


幼い頃に贈ったあの花の色も、こんな色だった。
踏みにじられてしまった、小さなココロ。
ただ、綺麗だと思ったから、それを見せたかっただけなのに。
いちばん好きなアナタに、見せてあげようと思っただけなのに。
ただ、アナタの微笑が見たかっただけなのに。

何より欲しかったのは、アナタの愛だったのに。


窓の桟から今にも飛びそうな、頼りなく小さな赤い花弁を掌へと乗せた。
「ははは…」
らしくねェと自嘲する。
怪訝そうな視線が向けられたのを感じる。
「…どうした?」
自分は上手く笑えているだろうか。
バカバカしいと上手く表情を作れているだろうか。
悟浄は自答する。
「なんでもネェよ。ちょっと昔の女のことを思い出しただけ…ってね♪」
笑って…軽口を叩いて…茶化して…
自分のココロなんて、見せないで。
そうすれば、疵付くことなんて、ないのだから。
「その昔の女…というのは、母親のことか?」
さらりと訊かれる。
「…くだらんな。」
すっと人の動く気配。
掌の赤い花弁を、白くしなやかな指が抓んだ。
風に揺らされた、若い葉がざわめく。
2本の指が離れ、抓まれていた花弁は夜の闇へと消えた。
「過去は過去だ。 今更、どう変わるモノでもない。」
金糸のような髪が夜風に揺れる。
月の光の中、照らし出されたその横顔は、この世のものとも思えないほど美しい。
窓の外に目を向けたまま、三蔵は続ける。
「それに縛られて、今を見られんようじゃ、ただのバカだとしか言えまい。」
違うか?とこっちを向いた紫色の瞳が問う。
「…」
ふわりと三蔵の腕が、悟浄の頭を抱え込む。
その胸に抱き寄せ三蔵は呟いた。
「…俺が見ているのはただ一人だ。」
「…ただ一人って、誰なワケ?」
抱きかかえられたそのままの体勢で、悟浄はわざと問い返す。
「知るか。 テメェで考えろ。」
いつもどおりの声で返ってくる言葉。 その人の、温もり。
「なぁ…」
「なんだ?」
「…もう少し、このままでいてくれネェ?」
「…。」
頭を抱きかかえている三蔵の腕に、少しだけ、力がこもる。
かすかに聞こえた言葉は、幻聴か。
「我愛…ニィ…」
それは確かめる術もなく、春の夜へと溶けて消えた。


作者…こと、夏樹葉の戯言。
ずっと書きたかった浄三です(笑) 一応、蓬莱堂サマ2000HITオーバー記念の捧げモノ。
こんなもの捧げられても…という感じではありますね…(汗) あぅ…スランプ夏樹葉。
今回の三蔵サマ、珍しくも素直です(笑) でも、まぁ…ほら、ね(ニヤ)
きっと三蔵サマ、優しいから〜♪なぁんて言ってたら躊躇なく撃たれそうですね…



モドル

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